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大庭・遠藤・御所見
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宇都母知神社
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平安時代中期にはすでにあったといわれている相模の国十三社のひとつ。養蚕の神として崇められており、「神明様」と呼ばれていら。地区名である打戻は、この寺社の名の宇都母知から転称されたという説もある。祭神は天照大御神、稚産霊神、若日下部命。
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宮原寒川社
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祭神は品陀別命(応神天王)、寒川彦命、寒川姫命で、本殿は明神造、拝殿は入母屋造となっている。一帯は寒川神社の宮地であった原野を開拓して村を作ったので、宮原とよばれるようになったという。大正4年(1915)、神饌幣帛料供進神社に指定された。
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御嶽神社
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かつては遠藤村の鎮守の社として人々の暮らしに根付いていた神社。本堂は富士山に面して建てられており、今でも天気のいい日は参道から富士山の雄姿を望むことができる。明治初期に存在した小学校の前身「琢成学舎」跡も遺されている。御嶽神社境内にある庚申供養塔2基は市の指定重要有形民俗文化財になっている。
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宗賢院
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永正2年(1505)、虚堂玄白大和和尚により開創された曹洞宗寺院。近隣の17末寺を治めた地方本地だった。本堂隣の龍骨は、その昔周辺の村が干ばつになった時、雨乞いの儀式で祀ると必ず霊験があったといわれるもの。
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舟地蔵
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永正9年(1512)夏、北条早雲は大庭城を攻めようとしたが、周辺は沼地であったために難儀していたところ、近くに住む老婆から引地川の堤を切れば沼が干上がると聞き出した。そして、その秘密を守るために老婆を殺してしまった。後にその老婆を供養するために建立されたという。
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宝泉寺
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曹洞宗(禅寺)の名刹。このあたりはその昔、村の中心地で、草競馬などが催され、大勢の村人達で賑わっていた。広大な境内には本殿をはじめ、水子地蔵、大仏などが建立され、「萩の寺」としても知られている。修行僧に食事、坐禅などの時刻を伝える雲板は市の指定重要文化財となっており、見学希望者は事前に連絡が必要。
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用田寒川社
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天正2年(1574)、伊東孫右衛門により勧請。大鳥居の右側にご神木であるモミの大木がそびえており、砂利を踏みしめながら100mほどの参道を行くと木立の中に社殿が現れる。この周辺は寒川町の寒川神社の御用田だったところから「ようだ」とよばれたという。
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引地川親水公園
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子供たちと川と親しんでもらおうと、引地川沿いに造られた公園。湿性植物や藤棚、ツツジの丘、桜並木などがあり、芝生広場は憩いの場として家族連れなどで賑わう。川沿いには大和市から続くサイクリングロードが設けられており、サイクリングに最適だ。
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少年の森
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昭和55年(1980)に国際児童記念事業とて建設された、県内で最初の青少年野外活動施設。9ha余りの広大な敷地は自然林に囲まれ、キャンプアスレッチク、オリエンテーリングなどをはじめ、季節に応じた自然とのふれ合いを体験する行事が多数催されている。
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大庭城址公園
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四方を見渡せる台地にあった大庭城は、15世紀に太田道灌により修築され、その後、小田原北条氏によって改修された。今でも周辺には、裏門、二番構、駒寄など城に関した地名が残る。公園内はアスレチック広場や散歩路が設けられ、市民の憩いの場として親しまれている。
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